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研究室紹介冊子OPAL‐RING 石垣陽 研究室

社会ニーズに応える――放射線やPM2.5測定器、マスク、弱視用訓練器の開発

所属 国際社会実装センター
メンバー 石垣 陽 特任教授
印刷用PDF 石垣陽 研究室(PDF:1.3MB)

掲載情報は2026年5月現在

石垣 陽
ISHIGAKI Yo

キーワード

SDGs、環境センシング、IoT、スマート医療

「人類が今困っていることは何か――。世の中のニーズに目を向け、それを満たす製品を開発して世界に普及させたい」。『人類のためのデザイン研究室』を掲げる石垣陽特任教授は、こうした思いでこれまで多くの製品を世に生み出してきました。放射線測定器や粒子状物質(PM)2.5センサ、コロナ禍におけるマスクや、小児弱視用の訓練器など、その例は枚挙にいとまがありません。石垣教授には、特に工学の研究開発は、研究室にこもらず、クリエーターやエンジニア、メーカーなど多くの人を巻き込んだオープンイノベーションによって進めるべきだとの考えがあるのです。

震災後3ヶ月で製品化

例えば、放射線測定器「ポケットガイガー」は、世界23カ国からクラウドファンディングによって資金を集め、2011年に起こった東日本大震災からわずか3カ月で製品化しました。宮城県石巻市にあるヤグチ電子工業にOEM(相手先ブランド生産)委託することによって、被災地の復興にも貢献してきました。その特徴は、世界で初めてスマートフォンで放射線量を測れるようにしたことです。販売開始時の価格は1890円です。従来の測定器は大型かつ高価でとても市民が使えるようなレベルではありませんでした。

スマホに接続して使う「ポケットガイガー」

震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故を背景として、放射線量を自ら測りたいというニーズが生まれました。石垣教授はすぐにフェイスブックで協力者を募り、ヤグチ電子のメンバーを中心とする被災地発のソーシャルプロジェクトを発足させました。
これまで文献上でしか知られていなかった、放射線(ガンマ線)を測れる半導体(PINフォトダイオード)製の安価なセンサを実装した測定器を開発し、これをスマホに接続するだけで手軽に計測できるようにしました。従来の高価な測定器と比べても精度は遜色ないそうです。製品はグッドデザイン賞など国内外の賞を受賞しています。
従来の機器は線量を測定するだけでしたが、ポケットガイガーの最大の利点は、測定したデータをユーザ同士が共有し、地図上に随時マッピングすることで各地の線量をリアルタイムで可視化したことです。さらに、ユーザだけでなく、そこに開発者や専門家を加えることで、SNS上でいつでも議論できる“場づくり”にも成功しました。

専門家を交えた議論

測定器の校正試験やフィールドテストなどでは、国内の大学や研究機関に加え、オランダの国立計量局や米国の大学など世界中の科学者が関わっています。こうした開かれたプロジェクトは、少ないリソースで低コストに始められるだけでなく、「世界の人々から共感が得られれば、そのことがまた大きなPRになる」ということを石垣教授は実感しています。
ポケットガイガーは当初、世界で5万台以上が売れ、その後も外国人観光客を中心に販売は伸び、米国や欧州に販売拠点をもうけるなどして、これまでに10万台以上を出荷しました。また、製品の設計図や仕様、実験データなどはオープンソースとして随時公開しています。現在では、原発周辺の除染や廃炉の作業時などに加え、海外では放射線テロに備えた訓練時や、宇宙飛行士の放射線被ばく量の測定、鉱山由来の放射性廃棄物の線量測定など、さまざまなフィールドで使われるようになっています。
これを応用し、似たような原理(PINフォトダイオードによるパルス電流の検知)でPM2.5の濃度を測るスマホ接続型のセンサも製品化しました。石垣教授は今、薪ストーブで調理するために特に室内の汚染が深刻な東アフリカのルワンダ共和国において、PM2.5センサの普及や大気汚染に関する教育活動に努めています。これらは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に向けた取り組みの一環といえるでしょう。

コロナ禍でのエアロゾル感染対策、自作マスクの提案も

一方、コロナ禍においては、新型コロナウイルスはエアロゾル感染が支配的であることを早期に警告し、病院や施設の換気対策を呼びかけるなど、行政とともに感染防止に向けた啓発活動にいち早く取り組みました。126カ所の病院、3000を超える病室を立ち入り調査し、エアロゾル感染によってクラスターがどのように発生したかを分析したそうです。また、PM2.5センサの金型を使って開発した二酸化炭素(CO2)センサによって、室内のCO2濃度をリアルタイムに可視化し、適切な換気を促すなど、密閉・密集・密接のいわゆる「3密」状態を回避するという先進的な試みは、CO2センサの普及とともに瞬く間に社会に浸透しました。同時に、粗悪なCO2センサが市場に多く出回ったことから、経済産業省などが定めたCO2センサの選定に関するガイドラインの監修にも関わりました。

さらに、マスク不足の中、自宅で誰でも作ることのできるオープンソースの純国産マスク「オリマスク」を公開し、マスクを国内外に広めるとともに、その活動がメディアでもたびたび報じられ、社会に大きなインパクトを残しました。自宅のキッチンを実験室にして開発したオリマスクは、日本語の「折り紙」と、ラテン語の「Oriri(オリ、〈生まれる〉の意)」をかけ合わせて名付けたそうです。ポリプロピレン不織布にコロナ放電をして帯電させることで、直径3マイクロメートル(マイクロは100万分の1)以上のウイルス飛沫などを90%以上カットすることが可能です。

誰でも製造販売できる「オリマスク」

ゲームで目が良くなる

また、医療機器としての小児弱視用の訓練器も開発しました。弱視とは、メガネやコンタクトレンズで矯正しても視力が出ないことで、小児眼科の代表的な疾患です。通常、片眼だけが弱視であることが多く、周囲から分かりにくいため発見が遅れがちですが、治療せず放置すると症状の悪化につながります。世界で生まれる子どものうち、約2-3%は弱視患者といわれています。
弱視は6歳ごろまでに治療する必要があり、感受性期の10歳ごろを過ぎると治りにくいとされています。現在は、健康な眼を覆って弱視の眼だけに刺激を与える「アイパッチ」と呼ばれる手法が標準治療法になっていますが、不快で精神的苦痛を伴うほか、立体感覚を喪失するなどの問題もあり、治療の成功率は3割程度にとどまるそうです。また、アイパッチをすると皮膚がかぶれてしまうなど、高温多湿な地域でアイパッチ治療ができない場合は、眼の筋肉をまひさせる調節麻痺を毎日、点眼しなければなりませんでした。
これらの課題を解決したのが、石垣教授がゲームメーカーと共同開発した、ゲームによる新しい弱視治療の訓練器「オクルパッド」です。偏光フィルムを使って肉眼では見えないように加工した液晶ディスプレー(ホワイトスクリーン)を組み込んだタブレット型機器で、専用メガネをかけるだけで、弱視の眼のみに映像刺激を与えることができます。従来のように眼を覆う必要がなく、ゲームで遊んでいる間に脳の視覚野が効果的に刺激され、楽しく治療を続けることができるのです

「オクルパッド」と専用メガネ①
「オクルパッド」と専用メガネ②

石垣教授は、インドの大学病院で臨床試験を行い、弱視患者が1日1時間訓練するだけで、アイパッチで平均1年間かかっていた治療が平均2カ月間ほどで完了できることを確認しました。この結果を論文で発表するとともに、インドに代理店を置き、オクルパッドを販売できる体制を整えています。世界一の人口を誇るインドでは、弱視という診断さえついていない患者が多いといいます。さらにベトナムやウズベキスタン、アルメニア、ケニアへの進出も見据えているそうです。
国内では眼科の診察ガイドにも掲載され、事実上の標準として普及しているオクルパッドですが、石垣教授は「『ゲームをすればするほど目が良くなる!』この楽しい訓練機器を世界に浸透させ、特に途上国の子どもたちに治療の機会を与えたい」と考えています。

デザイン思考

美大出身でもある石垣教授は、当初、ホワイトスクリーン技術をメディアアートや広告などの分野に活用していました。“見えないディスプレー”は広告業界では目新しく、これまでにルイ・ヴィトンやTASAKI、資生堂、NHKなどの展示会に採用され話題になりました。こうした展示が小児弱視の治療に当たっている北里大学の半田知也教授の目に留まり、共同研究に発展して医療機器として実用化されることになったのです。
これを進展させ、小児弱視のスクリーニングと立体視力の検査の両方ができる「ポケモン」ゲームによるステレオテスト法も開発しました。検査用のメガネは不要で、飛び出す絵を答えるだけで、小さい子どもでも簡単にステレオテストが行えます。
ゲームの要素を別の課題の解決に生かす、こうしたゲーミフィケーションは石垣教授のテーマの一つにもなっています。前述した放射線やPM2.5の測定器なども、「例えば、汚染量を目には見えない『妖怪』などに見立て、これを数値化して画面上に汚れた色で可視化したり、耳障りな音を流したりして子どもに遊ばせる」ことで、次世代の環境教育などに生かせないかと、石垣教授は現在検討しているそうです。
最近では、調布市などと共同で開発したAI(人工知能)を使ったゴミの分別システム「調布ごみナビ」が東京都DXアワード大賞を受賞したほか、生成AIを活用した電話応対や科学研究費助成事業(科研費)申請書のチェックシステムなどの開発に加え、伊豆大島での生コショウ栽培や、ウズベキスタンでのデジタルブルーベリー栽培といった研究プロジェクトに至るまで、世界を舞台にさまざまなテーマに挑んでいます。
石垣教授は「研究テーマは自分で決めるものではなく、社会の中から拾ってくるものだ」と考えており、特に「大きな事件や事故、環境災害があったときに、研究の力でいち早く社会実装して解決する」という“災害即応型研究”を掲げ、世の中の痛み(ペイン)や困りごとに素早く対応するとの姿勢を貫いています。

【取材・文=藤木信穂】