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研究室紹介冊子OPAL‐RING 篠原百合 研究室

金属の内部組織をナノレベルで解析し、マクロ特性を改善する

所属 大学院情報理工学研究科
機械知能システム学専攻
メンバー 篠原 百合 准教授
所属学会 日本金属学会、日本鉄鋼協会
研究室HP https://sites.google.com/view/shinoharalab/
印刷用PDF 篠原百合 研究室(PDF:3.0MB)

掲載情報は2026年5月現在

篠原 百合
SHINOHARA Yuri

キーワード

金属組織学、結晶学、電子顕微鏡観察、組織解析、鉄鋼材料、マルテンサイト、形状記憶合金、力学特性

鉄やアルミニウム、チタン、ニッケルといった金属材料はあらゆる産業分野に活用されていますが、その一方で、組織の形成メカニズムや材料特性の起源など、未解明な領域はまだ多く残っているそうです。金属をミクロスケールで見ると、結晶の集合体の中に、一部欠陥があったり、構造や成分の異なるエリアがあったり、また結晶同士の境目には「粒界」があったりと、その内部は複雑に構成されています。
一般的な金属材料に応力をかけると、結晶内部の欠陥部分が移動するため、マクロで見ると金属材料は変形します。ここでナノレベルの制御を加え、組織内に結晶構造の異なる領域(相)を導入すると、欠陥部分が移動しにくくなって、結果的に材料の強度が高まります。このように、金属材料の内部組織がその特性に与える影響はとても大きいのです。

理論と実験によるアプローチ

金属組織学・結晶学を専門とする篠原百合准教授は、結晶学と運動学を組み合わせた理論と、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などを使った実験という両方からのアプローチにより、ナノレベルで組織構造の解析や設計、制御を行うことで、金属材料のマクロな特性を改善することを目指しています。

研究において特に着目しているのが、原子の拡散を伴わずに結晶構造が変化する「マルテンサイト変態(変位型相変態)」です。例えば、一部の鉄鋼材料は高温から急冷することで、オーステナイトと呼ばれる結晶構造からマルテンサイトと呼ばれる結晶構造に変態します。その結果、形成する組織により材料は硬くなります。マルテンサイトは日本刀や包丁といった刃物から、高強度締結材などの構造材料、形状記憶合金に至るまで幅広く利用されています。マルテンサイトの組織形態には、結晶学や幾何学の規則が存在することが分かっており、「そのミクロな形態を支配するルールを解明できれば、金属材料の強度や形状記憶特性の向上につながる」と篠原准教授は考えています。

マルテンサイト変態温度による圧延加工の影響

一つ目のテーマは、形状記憶合金の変態挙動に塑性変形が及ぼす影響について調べた研究です。一般的な金属材料は応力を加えると塑性変形するのに対し、形状記憶合金は応力をかけて変形させても、加熱することでその形状が回復します。前述のように、形状記憶合金はマルテンサイト変態による結晶構造の変化により、形状記憶効果が発現します。その際、マルテンサイト変態温度が動作温度域を決定する因子となりますが、応力を負荷すると、マルテンサイト変態と塑性変形が同時に起こるため、これら二つの関係を切り分けた研究は少なかったそうです。
篠原准教授は、圧延で塑性変形のみが起こる(マルテンサイトが形成されない)材料であり、かつマルテンサイト変態温度を熱分析装置で測定可能なように成分を調整した鉄系形状記憶合金を使い、マルテンサイト変態温度による圧延加工の影響について調査しました。その結果、圧延(塑性変形)はマルテンサイト変態温度を低下させることが分かりました。加えて、組織に導入された塑性変形がマルテンサイト変態を抑制している様子も観察できました。

チタン合金の結晶構造ゆらぎ領域のPDF解析

二つ目の研究テーマは、チタン合金の結晶構造ゆらぎ領域の結晶二体分布関数(PDF)解析です。金属材料は原子が規則正しく並んだ平均構造を持ちますが、細かく見ると、実際には多少のバラつきがあり、そうした結晶構造や組成の局所的なゆらぎが、材料の力学特性や機能性に影響を及ぼしています。従来のX線構造解析やTEMによる観察で金属材料の平均構造を見ることはできますが、結晶構造ゆらぎを観察することはできません。
そこで篠原准教授は、結晶構造ゆらぎの典型例であるチタン合金の中に形成される結晶構造ゆらぎ領域(オメガ〈ω〉相)を使って、ゆらぎを定量的に評価する手法の開発に挑みました。チタン合金をTEMで見ると、5ナノメートル(ナノは10億分の1)程度のω相が形成されていることが分かります。ω相が生じると材料はもろくなりますが、そのゆらぎの大きさ(変位量)を測ることで、ω相による材料の脆化メカニズムを解明するヒントになると期待されます。
大型放射光施設「SPring-8」においてX線全散乱測定を行い、チタン合金のω相の結晶PDFを得ました。これをもとに、基準となる原子から、ある距離だけ離れたところの原子配位数を表す結晶PDF解析により、ω相の変位量を逆算し、その構造を精密に決定しました。変位量と結晶構造の関係が明らかになり、ゆらぎを定量的に評価できたと篠原准教授はとらえています。PDF解析は従来、ガラスなどには使われていましたが、金属材料に適用した研究は珍しいそうです。

鉄鋼材料表面のマルテンサイト組織の解明

そのほか、鉄鋼材料表面のマルテンサイト組織の形成過程や3次元形態を明らかにするため、機械学習などを使って組織情報を自動で抽出する解析支援システムの開発などにも取り組んでいます。金属材料の急冷に伴って形成されるマルテンサイト組織は、形状記憶合金や構造材料に使われる重要な要素であることから、篠原准教授は「こうした基礎研究を通じ、組織の解析を徹底的に進めることで、いずれは企業とも連携しながら実用の金属材料へ展開していきたい」と話しています。

【取材・文=藤木信穂】