Google Translate
Google Translate

UECで究める

研究室紹介冊子OPAL‐RING 丹治はるか 研究室

レーザー冷却による量子光源の開発や物質の制御

所属 レーザー新世代研究センター
メンバー 丹治 はるか 准教授
所属学会 日本物理学会、応用物理学会
研究室HP http://www.ils.uec.ac.jp/~tanji/
印刷用PDF 丹治はるか 研究室(PDF:1.6MB)

掲載情報は2026年5月現在

丹治はるか
TANJI Haruka

キーワード

量子光学、原子物理学、レーザー冷却、光共振器、単一光子、量子メモリ、真空ゆらぎ

原理的に破られない量子暗号通信や、既存の計算機の能力をしのぐ量子コンピュータなど、量子力学の性質を利用した技術が実用化に向けて加速しています。物質が波のように干渉したり、光が粒として振る舞ったりするこの「量子」の世界では、例えば、観測されるまで猫の生死が定まらないなど、日常とはかけ離れた現象がたびたび起こります。従来技術の性能の限界を超える情報処理や精密計測を可能にするこうした量子技術の実現には、光の量子状態を自在に制御することが欠かせません。
丹治はるか准教授は、光子と原子を使い、この量子の世界を巧みに操る研究を進めています。特に、レーザー光で冷やした気体原子を光共振器の中に閉じ込め、原子と光子の強い相互作用を引き起こすことで、光の量子力学的な特性を際立たせる「共振器量子電気力学」と呼ばれる領域で実験しています。現在、主に取り組んでいるのが、光共振器中の低温原子を用いた「量子光源」や「量子メモリ」の開発、極微弱光による物質の制御といった研究テーマです。

光共振器中の中性原子で光子を効率的に発生

量子通信や量子コンピュータの要素技術となる量子光源や量子メモリについて、丹治准教授はレーザーで数十マイクロK(マイクロは100万分の1、Kは絶対温度、0Kはマイナス273℃)程度に冷却し、光共振器中に捕捉した低温原子集団を使って、単一光子や量子もつれなど光のさまざまな状態をシンプルな実験系で生成することを目指しています。とりわけ中性原子の「集団励起状態」を用いて光子を効率的に発生させる技術を特徴としており、丹治准教授は超高真空装置や、光共振器、原子励起用光源などで構成したこのような実験系によって、世界に先駆けて単一光子を発生させることに成功しました。
こうした成果を基に、今後は「原子の持つ長いコヒーレンス時間と、光共振器による原子と光子の強い相互作用を利用し、量子もつれ状態を保存して、長寿命、かつ高い忠実度で高効率に読み出す理想的な量子メモリなどを開発したい」と丹治准教授は考えています。

超高真空装置

真空場を活用

一方、極微弱光により物質を制御する研究では、反射率の高い鏡を使うことで、光共振器中における物質と光子との強い相互作用を誘発しています。微弱光である単一光子や、光子のない空間に存在する「真空ゆらぎ」を活用することで、物質を制御することができれば、光子によって伝達された量子情報を効果的に処理できるようになり、量子ネットワークを利用した高度な情報処理の実現につながるといいます。
丹治准教授は初期に、真空場における物質の制御実験において、「真空場誘起透明化」と呼ばれる現象を発見しました。原子は通常、決まった周波数の光のみを吸収しますが、その光に加え、別のレーザー光を当てることで、本来は吸収されやすい周波数の光が吸収されにくくなる電磁場誘起透明化という事象が知られています。丹治准教授はこれを発展させ、レーザー光ではなく、空っぽの共振器を原子の周りに置くことで、共振器中の真空場によって、本来は透明ではない物質中を光が透過するという原子の新たな光学特性を示しました。
それらを応用し、現在は真空場を活用したさまざまな量子技術の開発を試みています。真空場には一般に、雑音が少なく、エネルギーを節約できるといった利点がありますが、その反面、周波数と強度、偏光を独立にコントロールすることが難しいという課題があります。これらをうまく制御し、「真空場をレーザー光のように自在に扱うことができれば、真空場を利用した物質や光の制御が可能になる」と丹治准教授は見通しているのです。これにより、単一光子の周波数を変換したり、原子の状態を光子へ効率的に変換したりする量子デバイスの開発などにつなげていく考えです。

生体内の微弱な発光を検出

さらに、丹治准教授は学内の共同研究として、生体から発せられる微弱な発光の観測にも乗り出しています。波長約560ナノメートル(ナノは10億分の1)の天然ホタルの発光機構をモデルに、牧昌次郎教授が開発した発光イメージング用の発光基質「TokeOni(トケオニ)」について、生体内における発光メカニズムの解明を目指す研究です。
この発光基質を用いて、実際にマウスの肺や肝臓、脳などの深部のイメージングを行い、可視化することに成功しています。一方で、その発光は微弱であるため、なぜ光るのかという機構は完全には明らかになっていないそうです。そこで微弱光を扱う丹治准教授が協力し、マウスの肝臓からの微弱な発光を検出する装置を独自に開発したことで、発光を精度良く観測できるようになりました。これは侵襲性が極めて低い生体イメージング手法であることから、今後、そのメカニズムが解明されていけば、将来はヒトへの応用も可能になるかも知れません。

極低温原子と光子で量子の世界をあやつる

量子の世界をひも解く研究は、今なお未知の可能性に満ちています。レーザーを駆使し、極低温原子と光子でその世界を高度に制御する丹治准教授の研究は、難解に思える現象を一歩ずつ解き明かしながら、通信や計測、医療といった私たちの暮らしにもつながる新たな未来を切り拓いています。

【取材・文=藤木信穂】