掲載情報は2025年2月現在
所属 | 大学院情報理工学研究科 機械知能システム学専攻 |
![]() Hiroya MAMORI |
メンバー | 守 裕也 教授 | |
所属学会 | 日本機械学会、日本流体力学会 | |
研究室HP | http://www.mamorilab.mi.uec.ac.jp/ | |
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熱流体制御、流れの数値シミュレーション、抵抗低減、伝熱促進、再層流化、乱流、流体力学
自動車や航空機、船舶など人やモノを運ぶ輸送機においては、運行時に機体が流体(空気や海水)から受ける抵抗をできるだけ減らすことが求められています。流体から受ける抵抗を最小限に抑えることで、機体を動かすために必要な動力(エネルギー)を削減できるため、結果的に輸送コストの圧縮につながるのです。
流体から受ける抵抗の一つに機体の表面と流体の間に生じる「摩擦抵抗」があり、この摩擦抵抗をいかに小さくするかが設計上の大きな課題になっています。通常、輸送機周りの流れには複雑な乱流の渦が存在しているため、工学的に制御することは非常に困難です。また、乱流渦は非線形現象であり、予測がしにくいことから、そのメカニズムを解明することは理学的にも重要なテーマになっています。
守裕也教授はこの取り扱いの難しい乱流の摩擦抵抗を減らすため、特にプラントや工場などの配管で流体を輸送するような簡易な流れを模擬し、コンピュータ上で流体の挙動を精密に計算する直接数値シミュレーションなどの手法によって、摩擦抵抗を制御する研究に取り組んでいます。特に「研究室で扱いやすい、鳥が飛ぶ速さ程度のレイノルズ数と乱流を対象に、応用面だけでなく、乱流制御の基礎研究にも重きを置いて研究している」(守教授)そうです。
守教授が提案しているのは、壁面上に人工的に波を与えて流体を制御する「進行波状制御」という手法です。流れに対して逆方向に波を与える方法は従来もありましたが、進行波を流れと同じ方向に与えることで、流体の乱れが減衰して摩擦が非常に小さい層流になり(再層流化)、結果として摩擦抵抗が約70%減ることをシミュレーションによって確認しました。
進行波を与えると流れに直角の方向に軸を持つ横渦が発生しますが、これによって摩擦抵抗の原因である流れ方向に軸を持つ縦渦が消え、摩擦抵抗が減ることがその理由であることが分かりました。従来法は乱流のままで再層流化しておらず、摩擦抵抗の低減率は20%程度でした。
これによって、流体の輸送に必要なエネルギーを60%ほど削減できるため、エネルギーの効率的な利用が可能です。実際に、一定の間隔で振動を与えるアクチュエータを使って進行波状制御の実験を行い、摩擦抵抗が低減できることを示しました。最も簡単な流れ場である平行平板間の乱流だけでなく、円管内の乱流や、内側の円筒が回転する二重円筒間の流れ(テイラークエット乱流)に対しても、摩擦抵抗の60%減を確認しています。
また、剥離と再付着を伴うバックステップ乱流について、波発生器によるウェーブマシン状の進行波状制御により、流れが剥離する領域を50%以上低減できました。さらに、平行平板間乱流においては、進行波状制御で摩擦抵抗を減らすことに加え、熱の伝達を2.5倍ほど促進できることも示しています。
進行波はイルカが遊泳時に使っているという説もあります。進行波状制御はアクチュエータでコントロールが可能なため、実用化が見込めます。守教授はこうした流体の制御法を、航空機の翼周りや自動車の車体周辺といった、より流れの速い実用的な乱流場に応用することを目指しています。また、摩擦抵抗を減らしながら、熱の伝わりやすさは維持するという、この相反する性能の両立に進行波状制御を利用することも検討しています。このような試みは、エアコンなどに搭載する熱交換器の性能向上などに役立ちそうです。
一方、進行波状制御以外にも、表面加工によって流れを制御する研究にも取り組んでいます。例えば、ハスの花などにみられる超撥水(ちょうはっすい)性の加工や、“さめ肌”と言われる、サメの表皮にある周期的な凹凸構造(リブレット)を模した加工などによる摩擦抵抗の低減効果を実証しています。リブレット加工は航空機の機体などに施されており、守教授はこのリブレットの溝に粒子が付着した時の抵抗の変化などをいち早くシミュレーションで確認しています。
最近では、フィードバック制御や非線形予測といった新たな研究にも乗り出しています。例えば、乱流において流れる速度の時系列データを取得した上で、これをカオスとみなし、カオスによって乱流の状態を予測して制御する「決定論的カオス」としてフィードバック制御が可能なことを発見しました。決定論的カオスによる制御で、実際に摩擦抵抗を減らせることも示しています。このように、守教授はディープラーニング(深層学習)や強化学習といった、人工知能(AI)技術の一つである機械学習の手法を使った乱流制御や解析結果とも比較しながら研究を進めています。
今後は、大規模な円管において加熱や冷却時の乱流を減らすラージスケール制御などにも着手し、これらの成果を生かして「自動車メーカーや材料メーカーなど、企業との共同研究にも積極的に取り組んでいきたい」と守教授は考えています。
【取材・文=藤木信穂】