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【ニュースリリース】量子もつれ光子を利用した時間分解分光法の提唱 -高い選択励起性をもつ時間分解分光計測実現への重要な一歩-

2026.04.20

ポイント

  • 既存の単一光子検出技術で実装可能な、量子もつれ光子対を用いた時間分解量子分光法を提唱しました。
  • 複数の超短レーザーパルスの精密な遅延制御を用いずに二次元スペクトル情報を取得でき、従来より簡素な分光計測系を実現できる可能性を示しました。
  • 蛍光光子と量子もつれ光子の同時計数検出によって、量子もつれ光子対に由来する事象を選択的に抽出し、量子相関の利点を時間分解分光へ現実的に導入できる道筋を示しました。
本研究で提案した時間分解量子分光法の概念図

概要

磯大空氏(基盤理工学専攻博士前期2年(研究当時))、清水亮介教授(基盤理工学専攻)と東京大学大学院理学系研究科の藤橋裕太特任助教、石崎章仁教授の共同研究チームは、既存の単一光子検出技術で実装可能な、量子もつれ光子対を用いた新しい時間分解量子分光法を提唱しました。本研究では、この量子分光法が主に二つの利点をもつことを理論的に示しました。
第一に、量子もつれ光子対がもつ時間・周波数相関を利用することで、従来の古典光による二次元分光法で必要とされてきた複数の超短レーザーパルスの精密な遅延制御を行わなくても、二次元スペクトル情報を取得できます。第二に、信号検出に蛍光を用いるため、従来の四光波混合に基づく二次元分光計測で問題となりがちな、複数の非線形光学過程の寄与が混在した複雑な信号ではなく、誘導放出に相当する成分を選択的に取り出せることを示しました。
本研究成果は、時間分解分光計測において量子相関の利点を現実的な形で活用するための新たな道筋を示すものであり、高い選択励起性をもつ時間分解分光計測の実現に向けた重要な一歩といえます。
本研究成果は、2026年4月17日(金)14時(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されます。

内容

量子もつれは、1935年にエルヴィン・シュレーディンガーが指摘したように、量子力学を特徴づける本質的な性質の一つです。アルベルト・アインシュタインが"Spooky action at a distance(薄気味悪い遠隔作用)"と忌み嫌ったこの性質は、過去数十年にわたり、量子通信・量子計算の発展を支える重要な資源として研究されてきました。近年は量子光学技術の進展により、量子もつれ光子対がイメージング、顕微鏡法、分光法などの新しい計測技術を実現する資源としても注目されています。分光分野では、量子もつれ光子対を利用することで、ショット雑音以下での吸収分光や、可視光検出による赤外分光など、古典光では得られない利点が提案・実証されてきました。こうした成功例を背景に、量子もつれ光子対を二次元分光法などの時間分解分光計測へ応用し、レーザーなどの古典光では達成が難しい高感度化や選択励起を目指す理論研究が進められてきました。しかし、従来提案されてきた多くの手法では、非線形光学応答を引き起こすために、量子もつれ光子対の両方を分子と相互作用させる必要がありました。その結果、得られる信号は極めて微弱となり、現状の単一光子検出技術だけでは実験的実装が難しいという課題がありました。
今回、研究チームは、既存の単一光子検出技術の範囲で実装可能な、量子もつれ光子対を利用した二次元蛍光分光法を理論的に提唱しました。本提案で想定する光学系の概略を図1に示します。まず、パルスレーザーを非線形結晶に入射し、自発的パラメトリック下方変換によって量子もつれ光子対を生成します。生成された光子対は偏光ビームスプリッター(PBS)で分離され、一方の光子(シグナル光子)は分子サンプルの励起に用いられます。サンプルから放出された蛍光光子と、もう一方の光子(アイドラー光子)との間で二光子同時計数検出を行います。ここで、遅延線型単一光子検出器と分光器を組み合わせることで、両光子の到着時刻と周波数を同時に計測します。
自発的パラメトリック下方変換で生成される量子もつれ光子対は、時間と周波数に関して強い量子相関をもっています。このため、検出したアイドラー光子の時間・周波数情報を手がかりに、サンプルを励起したシグナル光子の時間・周波数情報を再構成できます。その結果、従来の古典光による二次元分光法で必要だったような、複数の超短レーザーパルスの精密な遅延制御を行わなくても、二次元スペクトル情報を取得できる可能性が開かれます。これは、多次元分光装置の大幅な簡素化・小型化につながりうる点で重要です。さらに本提案は、信号検出が蛍光に基づくことから、従来の四光波混合による二次元分光計測で問題となりがちな、複数の非線形光学過程からの寄与が混在する状況に対して、誘導放出に相当する成分を選択的に引き出せます。これにより、図2に示すようにスペクトルのピーク形状が簡素化され、観測スペクトルから分子ダイナミクスに関する情報をより明瞭に抽出できることが期待されます。
これらの利点は、研究チームがこれまで「量子もつれ光子対の両方を分子に照射する」タイプの時間分解量子分光において理論的に示してきたものでもあります。しかしその方式は、信号の弱さのため実験実装が困難という問題がありました。本研究では、蛍光光子とアイドラー光子の同時計数検出により、量子もつれ光子対に由来する事象のみを選択的に抽出して非相関光子由来の背景ノイズの影響を抑えつつ、量子相関の利点を時間分解分光へ現実的に組み込む道筋を示しました。この点に本研究の大きな意義があります。
本研究で想定している単一光子検出は、すでに市販されている遅延線型単一光子検出技術に基づいており、実験的に実現可能な「量子もつれ光子対による時間分解分光」への道筋を示すものです。今後は、本手法の実験実装に向けた技術開発を推進し、提案した分光計測手法を用いて、生体分子内部における化学反応過程の物理機構など、未解明な物理化学現象の解明を目指します。

図1:量子もつれ光子対による二次元蛍光分光の光学系の概略図
図2:光合成捕獲タンパク質における二次元スペクトルのシミュレーション結果
(A)本提案の量子もつれ光子対を用いた二次元スペクトル。(B)従来の古典光(四光波混合)による二次元スペクトル。誘導放出成分に加えて、基底状態ブリーチングや励起状態吸収など複数の非線形光学過程の寄与が重なって現れるため、スペクトルが複雑化し、解釈が難しくなることがあります。(C)図Bに含まれる誘導放出成分のみを抽出して表示した結果。

(論文情報)

雑誌名:Science Advances
題 名:Two-dimensional fluorescence spectroscopy with entangled photons and time-and frequency-resolved two-photon coincidence detection
著者名:Yuta Fujihashi, Ozora Iso, Ryosuke Shimizu, Akihito Ishizaki
DOI:10.1126/sciadv.aed7026

(研究助成)

本研究は、文部科学省 「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(課題番号:JPMXS0118069242)」、日本学術振興会 科研費「基盤研究(B)(課題番号:JP21H01052)」、「基盤研究(C)(課題番号:JP23K03341)」の支援により実施されました。

詳細はPDFでご確認ください。

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