2026.03.24
林希久也助教(基盤理工学専攻)と平田修造准教授(同専攻)らは、長波長域の有機物からのりん光の収率を大きく向上させるための分子設計指針を見出しました。
有機分子の中には可視光域で100%近くの高効率の蛍光を示す分子が数多く存在します。一方で、この5年で適切な媒体中に分散すると高効率の有機りん光を示す有機分子が報告されていますが、蛍光分子に使われるような共役発色団の側面に典型元素を含む置換基を導入する手法では、赤色や近赤外波長域の有機りん光の収率は依然小さい状況でした。
本技術では、典型元素が共役発色団骨格の垂直方向から作用する置換基の数を増加させると有機りん光の収率が増加していくことを見出しました。本分子設計指針の明瞭化により、今後深赤色や近赤外域で高い有機りん光収率を有する有機分子の登場が期待されます。このような長波長域の高効率有機りん光分子を用いたナノ粒子は、発光イメージングのラベル数の増加や高精度の高速2次元酸素濃度マッピングへの応用が期待されます。
本研究の成果は、2026年3月17日にNature Communications 誌にオンライン公開されました。
有機色素の発光は、バイオイメージングをはじめとする分野から、照明や有機EL素子などの光電子デバイスに至るまで、幅広い用途に利用されており、私たちの生活に不可欠なものになっています。有機分子からの発光は、発光過程で電子スピンの反転を伴わない蛍光と、電子スピンの反転を伴うりん光に大別されます。高効率蛍光を得るための有機分子の設計としては、典型元素からなるドナー基とアクセプター基を長い共役(π)発色団に水平に置換させた分子が代表的であり、レーザーや二光子吸収を用いた3次元蛍光イメージングに応用されています。高効率なりん光は重金属を含む錯体ですでに全可視光波長域で実現されており、その分子は有機EL素子を用いた薄膜ディスプレイや照明に搭載されています。
重金属を用いない有機分子からの有機りん光は、重金属錯体からのりん光と比較してりん光寿命が長く、励起光の照射停止後に通常の2次元光検出器で発光の減衰が確認可能となります。それゆえ、重金属錯体からのりん光の応用と異なるような、自家蛍光に依存しない高コントラストイメージング、多標識イメージング、そしてりん光寿命イメージングへの応用が提案されてきています。この12年で蛍光を発する分子と類似したπ発色団や置換基からなる有機分子が報告されているものの、特に長波長域ではりん光収率が低い状況です。もし、有機蛍光と有機りん光で異なる基本的な設計指針が明確になれば、赤から近赤外波長域においても有機りん光収率の向上に大きく貢献するものになります。
電気通信大学の林希久也助教と平田修造准教授らの研究グループは、π発色団の垂直方向から典型元素をスルースペース相互作用を活用しながら置換していくと、その置換数の増加とともに長波長域の有機りん光の収率が向上していくことを見出しました(図1a)。
当該グループは、赤色有機りん光放射能を有するジベンゾ[g,p]クリセン(DBC)からなるπ発色団の水平方向にセレン(Se)原子を導入した有機分子を作製しました。水平方向のSe原子を1つから順に4つまで増加させると赤色有機りん光の収率が減少していくことが確認されました(図1b, 左)。一方で、DBC発色団の面外の垂直方向からSe原子がπ発色団との間にスルースペース相互作用を有するような置換基を導入すると、その置換基の数の増加とともに赤色有機りん光の収率が増加していくことが確認されました(図1b, 右)。
当該グループではさまざまな分光計測を通して、最低三重項励起状態(T1)からの輻射遷移速度(krT)が非輻射遷移速度(knrT)よりも小さいことが長波長域までの有機りん光の収率が向上しない原因であることを定量化してきました。krTとknrTに関する理論式(図2)は、1960年代にすでに総説に摂動論に基づき説明されていました。
図2中の式1に基づく場合、krTはn次(n ≧ 1)の一重項励起状態(Sn)とT1の間のスピン軌道相互作用(⟨S_n│H_SO│T_1 ⟩)とSnとS0の間の遷移双極子モーメント(μ_(S_n-S_0 ))の積が大きい時、そしてm次(m ≧ 2)三重項励起状態(Tm)と基底状態(S0)の間のスピン軌道相互作用(⟨T_m│H_SO│S_0 ⟩)とTm-T1間の遷移双極子モーメント(μ_(T_m-T_1 ))の積が大きい時に大きくなります。また図2中の式2から、knrTはT1とS0の間のスピン軌道相互作用(⟨T_1│H_SO│S_0 ⟩)が大きい時に増加します。2018年までは2000年以降の多くの新規有機分子に対して、krTとknrTが仮定なしに実験的に定量化されてこなかったため、図2中の式1や式2と有機分子構造との間の関係が曖昧でした。当該グループでは2018年からkrTとknrTのそれぞれに関して、光学計測値と量子化学計算値の相関性を統計的に確認することで、図2中の理論式に基づいて多くの有機分子のりん光性能を推定できることを報告してきました。最近では垂直方向からの典型元素のスルースペース相互作用は、選択的に⟨S_n│H_SO│T_1 ⟩や⟨T_m│H_SO│S_0 ⟩を増加させる役割があることで、krTが選択的に増強され、長波長域でも有機りん光収率が向上することを報告しています。さらに、式1や2に基づくと、大きな⟨S_n│H_SO│T_1 ⟩と協働するμ_(S_n-S_0 )を有する分子設計の指針や、大きな⟨T_m│H_SO│S_0 ⟩と協働するμ_(T_m-T_1 )が得られるような分子設計の指針が見出されれば、さらにkrTが選択的に増強され、長波長域であってもさらに有機りん光の収率を増加させることができます。今回当該グループでは図3aのような分子らを合成し解析を進めました。これまでと同様にkrTとknrTに関して、式1や式2に基づいて計算された値と、光学計測により得られた値との間に良好な相関関係が確認されました(図3b)。
水平型典型元素置換では分子2から分3のように置換基を増加させると、⟨S_n│H_SO│T_1 ⟩が大きい状態において、π発色団の面内長軸方向のSn-S0遷移双極子が相殺される結果μ_(S_n-S_0 )が小さくなります(図4, (i))。また、⟨T_m│H_SO│S_0 ⟩が大きい状態においても、π発色団の面内長軸方向のTm-T1遷移双極子が相殺されてμ_(T_m-T_1 )が小さくなります。それゆえμ_(S_n-S_0 )が⟨S_n│H_SO│T_1 ⟩と協働しにくく(図4, (ii))、μ_(T_m-T_1 )も⟨T_m│H_SO│S_0 ⟩と協働しないことで(図4, (ii))、krTが伸び悩み、有機りん光収率が向上していかないことがわかりました。一方で、垂直型典型元素のスルースペース置換では、分子4から分子5のように置換基数の増加とともに、π発色団の面内長軸方向由来の大きなμ_(S_n-S_0 )やμ_(T_m-T_1 )が有効的に活用できることが確認されました(図4, (iv))。このμ_(S_n-S_0 )と⟨S_n│H_SO│T_1 ⟩の協働性の増加(図4, (v))、およびμ_(T_m-T_1 )と⟨T_m│H_SO│S_0 ⟩の協働性の増加(図4, (vi))により、krTがさらに選択的に増強され、長波長域であっても有機りん光の収率を増加することができます。この分子設計指針は、ドナー基とアクセプター基がπ発色団に水平に結合して、蛍光量子収率を増強させるという従来の有機蛍光分子の設計指針とは異なるものになります。
垂直方向からπ発色団に向けてスルースペース相互作用が働く置換基は十分検討されていません。またπ発色団自体に関しても、スピン軌道相互作用と協働してより大きな遷移双極子を誘起させる上では、従来の一般的なπ発色団とは異なる要素が重要となる可能性もあります。これら置換基とπ発色団の要素の追究により、赤や近赤外波長のりん光の収率を蛍光のレベルにまで向上させる有機分子の登場が期待されます。
蛍光イメージングでは異なる蛍光色を用いることで多標識化が可能ですが、そのためには短い励起波長を用いる必要があります。しかし、短波長光励起時には自家蛍光が発現しやすいため、さまざまな蛍光色の蛍光強度を用いた生体イメージングは広く活用されていません。一方、励起光停止後に長く放射される有機りん光は、自家蛍光に依存せずにCCDやCMOSなどの2次元光検出器で計測することができます。それゆえ、有機りん光色の多色化につながる長波長域までの有機りん光収率を向上させる本技術は、自家蛍光が問題となるようなイメージング領域における多標識化に貢献するものになります。また、その有機りん光色数の増加に加え、有機りん光の減衰時間の違いもCCDやCMOSで計測すると、イメージングの標識数を更に増加させた簡易的な2次元イメージングが可能となります。さらに、有機りん光の減衰時間の違いの高解像2次元マッピング(りん光寿命イメージング顕微鏡(PLIM))に関して、最近当該研究グループは有機りん光を示すナノ結晶粒子を用いると、高速且つ高精度な酸素濃度マッピングが2次元光検出器を用いて可能となることを提案しています。外部からのストレス時における組織の酸素濃度の2次元変化は比較的早く起こることが知られており、高精度且つ高速な酸素濃度マッピング技術が健康科学分野において重要になってきています。本成果による分子設計指針により、深赤色や近赤外長波長域のより高効率な有機りん光分子が登場してくれば、そのような分子は生体深部からの高速酸素濃度マッピングを行うような技術に貢献することが期待されます。
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Vertical substitution strategy to enable cooperation between spin-orbit coupling and transition dipoles for organic phosphorescence
著者:Kikuya Hayashi, Riku Shimura, Ryo Miyashita, Shuzo Hirata
DOI:10.1038/s41467-026-70371-w
公開日:2026年3月17日
本研究はJST創発的研究支援事業(JPMJFR201T)および日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「高度π分子体の3重項エンジニアリング」(課題番号:25H01260)、基盤研究B(課題番号:24K01567))の助成を受けて行われました。
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