2026.02.13
磁気光学カー効果は、磁石表面で光が反射した際に偏光がわずかに変化する効果であり、これを利用すると非接触に磁気特性を検出できます。一方、近年、極めて短時間に非常に強い磁場を発生させるパルス磁場技術が発展しています。もしパルス磁場中で磁気光学カー効果を測定できれば、強磁場中の磁気特性を簡便かつ短時間に明らかにでき、基礎・応用研究の両面で大きなインパクトがあります。池田暁彦准教授(基盤理工学専攻)、野田孝祐氏(基盤理工学専攻博士後期1年)は米澤進吾教授(京都大学大学院工学研究科)、池田敦俊助教(同研究科)、中村颯汰氏(同修士課程学生)、山根聡一郎氏(同博士後期課程学生)の研究グループと共同で、1000分の2秒以下の長さのパルス磁場中で磁気光学カー効果を簡便かつ高感度に測定する技術を開発し、43テスラもの強磁場中での磁気光学カー効果測定に世界で初めて成功しました。また、正負両方の磁場をもつ双極性パルス磁場を用い、磁性体のヒステリシス性能の研究に使えることも実証しました。
これらの成果は、本技術が強力な新規磁性材料研究手法になることを示しています。これらの研究成果は、アメリカ合衆国の国際学術誌「Physical Review Research」(2026年2月13日(金)にオンライン掲載)、および日本の国際学術誌「JJAP Conference Proceedings」誌(近日掲載予定)にそれぞれ掲載されます。
あらゆる科学・技術分野において、磁場は最も基本的なパラメータの一つですが、強い磁場を発生させるのには大きな困難が伴います。そのような状況を変革する手段として、ミリ秒からマイクロ秒という極めて短時間のあいだだけ強力な磁場を発生させるパルス磁場技術が注目されています(参考図表1)。最近、実験室レベルで使えるほど小型でありながら40テスラを超えるような磁束密度を持つパルス強磁場を発生できる装置がつくられ、大きな実験施設に赴かずとも気軽に強磁場を研究に使えるという状況が実現しつつあります。
パルス磁場を用いた研究における重要な課題の一つは測定手段が限られるという点です。上述のようにパルス磁場の持続時間は極めて短いため、このような短時間で行える測定手法しか使えません。さらに、パルス磁場はその発生時に電磁ノイズや機械的振動を引き起こします。したがってノイズや振動に対して強い測定方法が強く望まれます。
そのような要求を満たしうるパルス磁場中での強力な研究手法として新たに期待されるものとして、磁気光学カー効果があります。磁気光学カー効果とは、磁石などの磁性体の表面で光が反射された際に光の偏光が磁性の強さや極性に応じて回転する現象のことです。例えば、参考図表2のように直線偏光を持つ光を磁石に当てることを考えましょう。この時、N極で反射された光の偏光は時計回りにある角度θKだけ回転しますが、S極で反射された光は反時計回りに同じだけ回転します。この角度θKをカー角度と呼びます。磁気光学カー効果は光を使った測定であるため、原理的にはかなり高速の測定が可能で、さらに電磁ノイズの影響を極めて受けにくいという性質を持っています。したがって、もし磁気光学カー効果をパルス磁場中で測定することができれば、強磁場中で起こるさまざまな興味深い現象を検出するための有力な手段となるはずです。
しかし、磁気光学カー効果のパルス強磁場中測定の実現に向けてはいくつかの問題点がありました。まず、磁気光学カー効果は多くの場合非常に小さい効果であり、短時間で測定を行うにはそれだけ高感度の測定手法が必要になるという課題があります。比較的大きい効果を示す鉄などの強磁性体であっても、カー角度は10ミリラジアン(角度にして約0.6度)程度です。定常磁場中ではデータを長時間積算するなどして感度を向上できますが、パルス磁場中の測定ではわずかな偏光の変化を積算などに頼らずに高速かつ高感度に検出する必要があります。また、パルス磁場実験に使われるコイルは、内径10ミリメートル以下と非常に小さいことが多いので、そのような小さな空間に試料を置き、光を当て、反射光を測定装置に戻すためのコンパクトなセットアップが必要になります。さらに、そのセットアップは機械的振動に対して強いことも望まれます。実際、パルス磁場下における磁気光学カー効果測定の先行研究例はわずか数例で、室温において11テスラというのが従来の最高記録でした。
我々はいくつかの技術的ブレイクスルーによって、上記の問題点を解決し、40テスラ超のパルス磁場中での磁気光学カー効果測定に世界で初めて成功しました。
まず、高感度測定が必要という点については、我々の研究室で用いていたループレス・サニャック干渉計を用いることを着想しました。これはもともと定常磁場中で特殊な超伝導体が自発的に発生させる極めて小さい磁場を測るために開発された装置です。この装置を当グループでも2020年ころから導入しはじめていたのですが、高速測定が可能なように改良すれば一つ目の問題点を解決できることに気づきました。本研究では、2ミリ秒の間の光検出器からの電圧シグナルをすべてオシロスコープで取得し、そのデータに対してパソコン上で数値処理を行う、という新しい解析手法を用いることで高速測定を可能としました。
また、コンパクトかつ安定な試料固定法については、参考図表3に示すように、gradient index (GI)レンズという極めて小型のレンズをファイバーの先端に一体化させたものを用いることを着想しました。レンズはファイバー先端に取り付けられたフェルールという部品の中に埋め込まれており、ファイバーに対してずれたりすることはありません。また、フェルールは光ファイバー用のコネクタに使われる部品であり、安価でありながら高精度で作られています。さらに、フェルールを固定するためのフェルールスリーブという部品を用いれば、フェルールをスリーブに差し込むだけで精度よく安定的な固定ができます。最終的に、図に示すように、試料を、レンズ付きフェルールと何もついていないブランクのフェルールでサンドイッチすることで、試料で反射された光を高効率に光ファイバーに戻せることを実証しました。開発した試料固定部はわずか直径4ミリメートルに収まるサイズであり、パルス磁場実験に使用するのに十分なコンパクトさです。また、この方法は振動に強く、試料を挟み込むだけで実験の準備が終了するという簡便性も持ちあわせています。
パルス磁場の発生には、池田准教授らが作製したポータブルパルス磁場発生装置を用いました。この装置は、参考図表4に示すように50センチメートル四方に収まる小型サイズながら、室温で20テスラ、液体窒素でコイルを冷却すれば40テスラ超の磁場を発生させることができます。
冒頭の概念図にフェリ磁性体である酸化鉄(Fe3O4)に対するパルス磁場下磁気光学カー効果測定で得られたデータを示します。左中央の青線で示された磁場波形を見ると約1.7ミリ秒の間に最大43テスラの磁場が発生していることが分かります。その下の赤線で示されたのが磁気光学シグナル(バックグラウンドを含む)であり、磁場の高速な増減に追随してシグナルも変化していることが分かります。これらのデータを、磁場を横軸としてプロットしたのが中央のグラフです。挿入図は生データの磁場依存性であり、磁気光学シグナルが急激に負の方向に立ち上がった後、緩やかに43テスラまで磁場に比例しながら変化していることが分かります。低磁場の急激な立ち上がりはフェリ磁性の磁化の飽和に起因するもので、その後の線形な変化はレンズ等の影響(磁気光学ファラデー効果)に起因するバックグラウンドであると考えられます。高磁場側の変化を差し引いたものがメインのグラフです。数テスラまででカー角度が急激に立ち上がり、その後は−4.0ミリラジアン付近で一定値をとります。Fe3O4の磁化飽和後のカー角度の文献値は室温で−4.36ミリラジアンであり、温度などの測定条件の違いも考慮すれば、今回の実験値とは十分一致しています。このことから、Fe3O4の磁気光学効果を40テスラ超のパルス強磁場中で正しく測定できたと結論付けられます。
応用的な観点では、本技術は磁性体の評価にも大きな力を発揮すると期待しています。磁性体の磁化と磁場の関係は磁場の増加過程と減少過程が異なる軌跡を描くヒステリシス曲線を描きますが、このヒステリシス曲線の性質、例えば囲まれる部分の面積が広いのか狭いのか、などは磁性体応用の重要な基礎データになります。したがって、このようなヒステリシスの測定が磁性体の評価において極めて重要です。
パルス磁場発生装置にダイオードを挿入することで、参考図表5(a)に示すような、正負の磁場を交互に生じる双極性パルスを発生させることができます。そのもとでサマリウムコバルト磁石の磁気光学カー効果を測定した結果が図(b)です。カー角度が明瞭なヒステリシス曲線を描くことが分かります。特筆すべきは、この測定にかかる時間がわずか数ミリ秒(解析を含めても5分程度)である点です。このようにわずかな時間でヒステリシス曲線の評価ができる本技術は、磁性体応用においても重要なツールになりえると期待しています。
本研究を行うにあたり、学術変革領域研究A「1000テスラ超強磁場による化学的カタストロフィー:非摂動磁場による化学結合の科学」をはじめとする日本学術振興会の科学研究費補助金(課題番号JP23H04859、JP23H04861、JP24H00194、JP24K17011、JP23K17670、JP23KJ1362、JP22H01168)、科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業(課題番号JPMJFR222W)、京都大学の研究費獲得支援事業いしずえ(2023年度)、公益財団法人池谷科学技術振興財団(課題番号0361078-A)、公益財団法人三菱財団(課題番号202410051)の支援を受けました。本研究で用いた実験装置の一部は京都大学理学研究科研究機器開発支援室に作製いただいたものです。また、実験に用いる寒剤供給について、京都大学低温物質管理部門のサポートを受けました。
タイトル:Magneto-optical Kerr-effect measurements under pulsed magnetic fields over 40 T using a compact sample fixture(コンパクトな試料固定部を用いた40テスラ超のパルス磁場中における磁気光学カー効果測定)
著者:Atsutoshi Ikeda, Sota Nakamura, Soichiro Yamane, Kosuke Noda, Akihiko Ikeda, and Shingo Yonezawa
掲載誌:Physical Review Research
DOI:10.1103/vy7j-ylb4
タイトル:Magneto-optical Kerr effect measurements under bipolar pulsed magnetic fields(双極性パルス磁場中における磁気光学カー効果測定)
著者:Soichiro Yamane, Sota Nakamura, Atsutoshi Ikeda, Kosuke Noda, Akihiko Ikeda, and Shingo Yonezawa
掲載誌:JJAP Conference Proceedings
DOI:未定(近日掲載予定)
プレプリント: https://arxiv.org/abs/2601.09221
参考図表1:さまざまな手段で発生しうる磁場の大きさの比較。永久磁石や電磁石に比べ、パルス磁場を用いると桁違いに大きい磁場を発生させることができます。本研究では、パルス磁場を使うことで、定常磁場の世界最高値である45テスラに迫るような大きさの磁場において磁気光学カー効果を測定できました。
参考図表2:磁気光学カー効果の模式図。直線偏光を試料に当てた場合、N極で反射された光の偏光は時計回りにある角度θKだけ回転しますが、S極で反射された光は反時計回りに同じだけ回転します。この角度θKをカー角度と呼びます。なお、N極での反射時のカー角度が正になるか負になるかは物質や光の波長に依存します。
参考図表3:本研究で開発したパルス磁場下磁気光学カー効果測定用の試料固定部分。(a)が模式図で(b)は実際の写真。(a)に示すように、超小型のgradient index(GI)レンズをフェルールに埋め込んだものを利用しています。試料をフェルール同士でサンドイッチし、フェルールスリーブで高精度に固定することで、コンパクトでありながら安定的な磁気光学効果測定を可能としています。
参考図表4:本研究で用いたポータブルパルス磁場発生装置。(a)装置全体の写真。電気通信大学の池田准教授のグループで作られたもので、電源やコンデンサ等が50センチメートル四方に収まるサイズに組み立てられています。このようにコンパクトでありながら、条件によって40テスラを超えるようなパルス磁場を発生させることが可能です。(b)パルス磁場発生用コイルの写真。
参考図表5:双極性パルス磁場を用いた磁気光学カー効果によるヒステリシス性能評価。(a)双極性パルス磁場の磁場波形。パルス磁場発生装置にダイオードを追加することで、正の磁場に引き続いて負の磁場を印加する双極性パルス磁場を生成することができます。(b)双極性パルス磁場下において測定した、サマリウムコバルト磁石の室温における磁気光学カー効果の磁場依存性(バックグラウンドは差し引き済み)。カー角度に明瞭なヒステリシスが観測されました。なお、(b)のヒステリシスが非対称に見えるのは、室温の測定ではマイナス側の磁場の大きさが不十分だったためです。実際、ごく最近測定した液体窒素下(−196℃)での測定データ(c)(d)ではマイナス側にも十分大きい磁場をかけることができたため対称的なヒステリシスが観測できています。
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