2025.09.12
電気通信大学大学院情報理工学研究科の大井一輝特別研究学生(東北大学 大学院生)、遠藤晋平准教授(基盤理工学専攻)の共同研究により、量子3体状態が分裂する新たな一般法則を発見しました。この成果は、フェルミ粒子の量子的挙動を明らかにする基礎物理学的意義があると同時に、原子核のような強い相互作用をする量子系を、冷却原子を用いて解明する『冷却原子型量子シミュレータ』の開発につながるという応用的意義もあります。
本研究成果は物理学の専門誌Physical Review Research(オンライン版)に2025年9月11日(木・日本時間)に公開されました。
近年の冷却原子の実験で、エルビウム(Er)とリチウム(Li)の冷却混合気体や、ジスプロシウム(Dy)とリチウム(Li)の冷却混合気体が実現しました。これらの冷却原子では、フェルミ粒子のエフィモフ状態が人類史上初めて観測できそうな有力候補になっています。一方、ErやDyは大きな磁気モーメントを持ちます。このような磁気モーメントを持つ原子同士には、磁気双極子相互作用が強く働くのですが、この相互作用は回転対称性を破っているという特徴があります。そこで私たちは、回転対称性を破る双極子相互作用が、エフィモフ状態の振る舞いにどのような影響を与えるのかを分析しました。
本研究では重い2粒子と軽い1粒子からなる量子3体問題を理論的に考えました。重い2粒子(Er原子やDy原子に相当)は強い磁気モーメントを持ち、その間には双極子相互作用と原子間力(van der Waals力)が働きます。重い2粒子がボース粒子である場合とフェルミ粒子である場合の両方を解析し、粒子の統計性がどのような役割を果たすのか、フェルミ3体系でどのような特異な量子挙動が現れるかを調べました。重い2粒子がフェルミ粒子である場合、フェルミ粒子の間にはパウリの排他原理が働くことで、有限の角運動量を持たなければならず、回転する量子3体系が実現します。この回転の仕方は図1のように二通りのケースがあります。一つ目は、図1の左図に示すように、原子の磁気モーメントに平行な軸を中心に回転するケース、もう一つは、右図のように、垂直な軸を中心に回転するケースです。相互作用に回転対称性がある場合、この2つの回転の仕方ではエネルギーが同じになります。それに対して、回転対称性が破れている場合、回転の仕方でエネルギーが異なり、スペクトルに分裂が生じることを発見しました。さらに、この分裂の大きさは系の詳細に依らず、少数のパラメーターで普遍的に決まることを示し、その表式を摂動計算により解析的に導出しました。一方、重い2粒子がボース粒子である場合、ボース粒子の間にはパウリの排他原理が働かないため、回転しない状態が安定に実現する基底状態になり、フェルミ粒子の時のように回転の仕方で違いが生じる余地がありません。
従来のエフィモフ状態に関する量子3体研究では、統計性の違いは明確には現れていませんでした。本研究で、粒子の統計性に起因する回転運動と、双極子相互作用の協奏により、エフィモフ状態の挙動に本質的な違いが現れることが明らかになりました。「ボース粒子は回転せず、状態は1つ。フェルミ粒子は回転して、状態は2つ」です。
本理論研究で発見されたフェルミ系のエフィモフ状態は、京都大学や中国の冷却原子実験グループで近い将来観測されることが期待されます。本研究で量子3体系の挙動の理解が深まったことは、量子4体、5体問題の理解にもつながり、ひいては、多数の電子・原子・原子核が強く相互作用することで発現するする固体物質・デバイスの材料特性の理解や、創薬などに重要な量子化学反応の理解などにもつながります。
また、近年では、固体材料・デバイスや原子核などさまざまな量子物質・量子系の挙動を計算するための量子コンピュータや量子シミュレータとして冷却原子を活用しようという研究も急速に進展しています。例えば、原子核は陽子・中性子が強い相互作用をした結果現れる量子液滴であると考えられています。また、本研究で扱った磁気双極子相互作用と類似のテンソル力と呼ばれる力が、原子核の構造や反応に重要だと言われています。原子核の状態を精緻に理論計算することは最先端科学でも容易ではないのが現状ですが、これを冷却原子を使って実現して原子核を理解しようという「冷却原子型量子シミュレータ」の開発に、本研究は理論研究の面から貢献しています。
タイトル:"Universal Efimov spectra and fermionic doublets in highly mass-imbalanced cold-atom mixtures with van der Waals and dipole interactions"
著者:Kazuki Oi,Shinpei Endo
掲載誌:Physical Review Research
DOI:10.1103/z5rx-51yx
URL:https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/z5rx-51yx
本研究は、松尾学術研究助成、JSPS科研費(JP22K03492, JP23H01174, JP25K00217)、東北大学宇宙創成物理学国際共同大学院(GPPU)プログラム、東北大学知の創出Junior Researchプログラム「Universality of Strongly Correlated Few-body and Many-body Quantum Systems」の支援を受けた研究成果です。
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